現代先進国の学校教育って何時間も座っていたり、他人との協調性を求められるので「落ち着きがなく、注意散漫なADHD気質な人」には生きづらいですよね
今ではニューロマイノリティ(やニューロダイバーシティ)なんて言葉もありますが、当然時代が自分に合っていないのでは?という疑問も出てくるものです
今回はその辺りの問題意識を取り扱った『Evolutionary Psychiatry(進化精神医学)』の「進化論的視点から見た神経発達障害」というチャプターが興味深かったので、それを参考に共有します。
まず結論から言うと、
・現代の先進国のようにあまり環境変化せず一つの場所でコツコツ成果を出すことが求められる社会では、ADHD気質は不利に働きやすい。
・逆に狩猟採集時代や難民生活など、生活環境が流動的で常に新たな局面にさらされる状態では有利に働くようである。
・ADHDは遺伝で決まることではなく、遺伝と環境の相互作用によって発現すると見られる。
・ADHD症状(ADHDに限ったことではないですが)は、「遺伝子」と「環境」だけでなく「環境に対する感受性」も絡み合って発現する。
ということです。それではより詳しく見ていきましょう。
「進化のミスマッチ」
まず「生きづらさ」を従来の精神医学モデルではなく、進化論に基づくモデルで検討してみると新たな気づきが生まれる。特に「進化のミスマッチ」という概念に焦点を当てると理解しやすい。
「進化のミスマッチ」とは、昔は生物の生存に有利に働いていた特性が、環境の変化によってむしろ障害になってしまうということ。
例えば、食糧を獲得するのが難しかった時代は、高カロリーな食べ物をより多く食べようとすることは生存に有利だった。しかし飽食の現在ではこの性質は肥満および不健康につながる、といったことだ。
肩身の狭い現代社会
生きづらさの一因として、じっとしていられない、注意散漫、衝動的であるといったADHD傾向が挙げられる。そういった子供は学業成績低下やIQの欠陥、いじめのリスクが高く、国にとっては経済的負担も大きいと示されている。
このように現代社会ではADHD傾向があることは基本的にマイナスに働くことが多い。
しかし、ADHDの認識、診断、治療率は国や地域によって大きく異なる。例えば、日本では小中学生の子供で3〜7%、大人で2.5%程度。アメリカの子供は約9%、フランスでは0.5%未満。国別差の一因は、状態の定義の仕方やデータの収集方法の違いによる可能性。他には、感情を調節したり自分をコントロールすることの重要性が文化によって異なるためと考えらえる。このように認識や診断には環境の差がある。
ADHD進化論
進化論的観点から見ると、ADHDの遺伝的特性は環境次第では強みだったと考えられる。例えば、狩猟採集時代に冒険的であることは食物を集める上で優位に働いたと推測できる。
少し異なる状況だが、難民のような大移動に巻き込まれた人々の遺伝子は、子どものADHD同様の新しいものを求める遺伝子変異を持つ割合が高い例もある。このように環境によっては落ち着きがなく探索的であることは機能的に働く。
環境への感受性
ところで、特性の発現は、遺伝子だけでなく環境との相互作用によっても変わるもの。
遺伝が発現しやすい子供もいるが、環境的な影響によって遺伝的な影響を大きく減らすこともできる。
エピジェネティクス(遺伝子のスイッチがオンやオフになり、後天的に性格や特性が変化すること)の研究によれば、環境の影響を受けやすい子どもとそうでない子供がいる。発達心理学者のベルスキーらはこれを「育成に対する感受性の差」と呼んでいる。(よく繊細な蘭の花と、図太いタンポポに例えられたりしますね)
彼は遺伝子を残す可能性を高めるには、一部の子孫は環境からの影響を受けやすい方が良いと指摘している。
このように現在では「脆弱な遺伝子」という観点ではなく「相対的可塑性」(環境に応じて変化することできる)というポジティブな観点でも考えられている。
環境に対する自己防衛
ADHDの症状は、ストレスやトラウマの多い環境で育った子供たちによく見られる。
暴力的な環境の場合、長期的な心身の健康には不利でも常に警戒して、周りを疑い、リスクを取る傾向が強まることが有利に働くことがある。周りを信頼しすぎて無防備な先祖は、繁殖する前に周囲の危険にやられていたかもしれない。
社会的・経済的に恵まれない子供は、感情や自分を調整する能力や注意力が低く、リスクを取る傾向が増加するようである。つまり警戒心が高いことも環境次第では優位に働いているのだ。
男児に多いADHD
過去200年の家庭教育から学校教育という変化の中で、ADHDの特性と環境の間でミスマッチが生じている(特に男児)。
なぜ男性のADHDの割合が女性よりも高いのか?進化論的には、多くの種においてオスの方が性的な競争が激しく、特にリスクを取る必要があるから。
また、男児は親のケアに敏感であり、一方でうつ傾向の母親は男児に対して怒りやすく、うつになりやすい傾向があるとも言われている。
現代学校教育と発達障害
さて、同じ年齢の20人以上の子供が教室で1日約5時間、ほとんど毎日10年間教育を受けるという現代の標準的な学校教育モデルは、我々が進化させた行動戦略のいくつかに反している。
そのため学校教育は、活発な環境において力を発揮するADHDを含む他の若者を犠牲にして、一部の若者を優遇しているとも言える。
投薬は正しいのか
ADHDへの投薬が倫理的かという問題がある。一つの問題点は、今まで見てきたように人間という動物集団において、ADHD者は重要な能力を持つ個体であると考えられる。にも関わらず、特に子供はその基準が難しいという理由で、正常な子供にも社会的な制御手段として安易に薬が用いられていることを指摘する声もある。
また、ADHDには学校の環境不備や支援サービスが行き届いていないせいで、投薬しか選択肢がないのではという問い掛けもある。「画一的な」学校指導が適切ではないということは多く主張されていることである。
ADHDが得意な状況
先ほど述べたように、静かでコントロールされた教育はADHDの子供たちに不利になることがある。
実際、ADHDの子供は動き回りながら学ぶとパフォーマンスが上がるのでは、という研究もある。 また、座学が得意な軍人がストレス環境で素早いタスクの切り替えを求められる現場では成績が悪くなる傾向も報告されている。
このようにADHDは、多くの身体活動を必要とするストレスの多い変化しやすい状況において、他の人より優れた成績を収めることがある。
進化論的にみるとADHDは長所にも短所にもなりうる。現代的な座学教育が合ってないだけで、薬で適応させる前に環境の整備こそが必要なのだと言う意見には一考の価値がある。
遺伝と環境は単純に語れない
ADHDの発症に遺伝的に影響を受けやすい子どもは、保護者との関係で温かみが少ないとADHDや重度の行動障害を発症しやすい。しかし、温かい育て方を受けた場合これらの問題を発症する可能性は一般の子どもたちよりも低くなる。
したがって、遺伝的特性と結果を短絡的に結びつけることはできない。遺伝と環境の相互作用が大きく影響していると言える。
(このあたりはグランディン先生も言ってましたし、さらに切り込んでもいましたね)
まとめ
詰まるところ発達障害を「進化のミスマッチ」の観点で検討すると、狩猟採集時代には有利に働いていた、例えばリスクテイキング能力、が現代の長時間席に座ることを要求する学校教育では不利に働く可能性がある。このような特性は複雑な遺伝と環境の相互作用で特性が現れてくる。
このチャプターではADHDがかなり肯定的に展開されているので、手放しに鵜呑みにはできないところもありますが、進化論的に発達障害を考えるという考えは非常に重要なので、押さえておきたい視点ですね。
かと言って、狩猟採集時代に戻るわけにもいかないので、現代的な社会で発達障害の特性を活かす方法を探求するというフェーズに入っていきましょう。
その前に、次回は「人が苦手、こだわりが強い、ノイズに弱い、ASD編」です。
参考文献
Swanepoel, A., Reiss, M. J., Launer, J., Music, G., & Wren, B. (2022). Evolutionary Perspectives on Neurodevelopmental Disorders. Evolutionary Psychiatry: Current Perspectives on Evolution and Mental Health, 228–243. https://doi.org/10.1017/9781009030564.017