「共感」という言葉は日常でもよく使われます。しかし、心理学では必ずしも一つの単純な能力を意味するわけではありません。
〈相手の感情を自分も感じること〉と、〈相手が何を考え、感じているのかを理解すること〉は、区別して考えられることが多いです。
「相手の感情を感じること」と「相手の心を理解すること」は、関係はしていても同じ心理過程とは限りません。
感情的共感とは
感情的共感(affective empathy)とは、他者の感情に接したとき、自分にもそれに対応した感情が生じることです。
友人が大切な人を失って悲しんでいるとき、その姿を見て自分まで胸が苦しくなることがあります。
これは単に、
と頭で理解しているだけではありません。
相手の感情に反応して、自分自身にも感情が生じている。このような状態が感情的共感なのです。
まず、これが感情的共感の基本的な特徴です。
ただし、共感しているからといって、相手とまったく同じ感情になるわけではありません。
「悲しんでいるのは相手であり、自分自身に同じ出来事が起こったわけではない」という、自分と他者の区別は保たれています(Stietz et al., 2019)。
視点取得とは
一方、視点取得(perspective-taking)とは、自分とは異なる他者の立場から物事を考えることです。
ここでは、相手と同じ感情を実際に感じる必要はありません。
重要なのは、自分自身の見方だけで判断するのではなく、相手の立場から状況を捉えることです。
「この人から見ると、世界はどのように見えているのか」と考えることが、視点取得の中心になります。
「心の理論」とは
視点取得と関連する概念に、Theory of Mind(心の理論)があります。
こちらは以前も取り上げたのですが、簡潔に言うと、他者には自分とは異なる信念、知識、意図、欲求などがあることを理解し、それを推測する能力を指します。
このとき必要なのは、相手と同じ気持ちになることではありません。
相手が何を知り、何を信じ、その結果どのように行動するのかを推測することです。
相手の感情に反応して、自分にも感情が生じる。
自分とは異なる相手の立場から、状況を考える。
相手の信念・知識・意図・欲求などを推測する。
したがって、
- 相手の感情に反応すること
- 相手の立場から考えること
- 相手の信念や意図を推測すること
は互いに関係しているものの、同じ心理過程ではないのです。
「認知的共感」という言葉には注意が必要
心理学では、
- 感情的共感
- 認知的共感
という二つに分けて説明されることも多いです。
この分類では、感情的共感が「相手の感情を感じること」、認知的共感が「相手の心を理解すること」と説明されます。
その意味では、視点取得や心の理論は認知的共感に近いといえます。
研究者によっては、視点取得や心の理論を「共感」の一部とみなさず、他者の感情を共有する共感とは別の社会的認知能力として扱うことがあります。
Denham(2024)も、「認知的共感」という言葉が心の理論や視点取得まで広く含むことで、異なる心理過程が混同されやすくなる点を指摘しています。
と完全に同じものとして扱うより、
「研究によって重なり方が異なる関連概念」
と理解した方が無難でしょう。
そのため、「共感」という言葉を扱うときは、
感情を共有することを指しているのか、それとも他者の心を理解・推論することを指しているのか
を確認することが重要です。
もちろん、実際の対人場面では両方が同時に起こることも多く、誰かが悲しんでいる理由を理解しながら、自分自身も悲しくなることは十分にありえます。
重要なのは、一緒に起こることと、同じ心理過程であることは別だという点です。
この区別は、人間同士のコミュニケーションを考えるときだけでなく、小説や映画の登場人物を私たちがどのように理解しているのかを考えるうえでも重要になります。
参考文献
-
Denham, A. E. (2024).
Empathy & literature.
Emotion Review, 16(2), 84–95.
https://doi.org/10.1177/17540739241233601 -
Stietz, J., Jauk, E., Krach, S., & Kanske, P. (2019).
Dissociating empathy from perspective-taking:
Evidence from intra- and inter-individual differences research.
Frontiers in Psychiatry, 10, 126.
https://doi.org/10.3389/fpsyt.2019.00126

