詭弁についての本を読みました
議論に強くなりたいというよりは、自分の中にある詭弁的な思考に気付けるようになりたくて読みました
バイアスについては学んでいたので、本書に書かれていたものは、バイアスとして元々知っていたものも多かったですが、いくつか勉強になったところもありました
・「寛容の原理」というものがあり、言葉には常に曖昧さや多義性が伴うのだから、聞き手の側が、文脈から意図を解釈してあげようよというもの
これを逆に使えば詭弁にもなる、つまり相手の言ったことが複数の意味にとれるときにできるだけ議論が誤りになるように解釈すれば良い(著者はこれを不寛容の原理と呼んでいる)
・みんな大好き「藁人形攻撃」、相手の意見を歪曲して攻撃しやすくするもの
100万回使い古されてる例ですが
A:私は雨が嫌いだ。
B:もし雨が降らなければ農作物は枯れ、ダムは枯渇しみな餓死するが、それでも雨など無くなったほうが良いというんですか?
この場合「嫌い」というのを「無くなった方が良い」と拡大解釈してますね
・人格攻撃、論点のすり替え
①議論に関係のない、相手の人格や過去の言動を攻撃するパターン
②議論になっている話題についての言動不一致を指摘するパターン
ちなみに著者は人と論は結びついてるから言動不一致を指摘するのは詭弁ではないというスタンスですね
おんJでちょうどいい例があったので引用
同僚「ここ禁煙やぞ」ワイ「ファッ!?お前も吸うとるやんけ!」
1 :名無し:24/03/26(火) 14:04:30 ID:XUoJ主
同僚「それは関係ないやろ。ここは禁煙やからタバコ吸うたらアカンのや」ワイ「それを今タバコ吸ってるお前が言うんか!?」
同僚「それは関係ないやろ。論点のすり替えや。ここは禁煙なんやで?」
ワイ「」
同僚「君はもうちょっとロジカルシンキングの訓練したほうがええで?w」
これワイが悪いんか?
https://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1711429470/
ここでは②のパターンに当てはまりますが
リアルで遭遇したら拳でいきそうですね
・他にも、性急の一般化などがありますが、これは統計に触れたことのある人なら常識的なことですね
サンプルが十分か、サンプルに偏りがないか
よっぽど議論好きでもない限り、詭弁か否かを追求すると沼りそうですね
その人が嘘を真実っぽくいっているかを判断するよりも、その意見そのものが妥当かどうかを判断する方がよっぽど実りが大きいと思いました(傍目からはその人が意図的に嘘をついているのか、自分自身もバイアスにはまり込んでるのかわからないので)
そのためのツールの一つとしての詭弁的知識を持っておく、というぐらいの気楽さが良さそうですね
現実では議論になることはそうそうないので、誰かが言ってることの価値を問うときには、個人的には今まで通り、認知行動療法でやるように妥当性有用性で判断するつもり
もう少しサバサバとした詭弁のレファレンス本みたいなのが読みたいですね